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外傷的育ちと気分変調症

[2024.01.15]

幼少期の複数または長期間経験した家庭内暴力、小児期に繰り返される性的または身体的虐待、面前DV、心理的虐待などは、脳の発達に影響を与え、さまざまな障害を引き起こします。体罰や言葉での虐待が脳の発達に与える影響

 

そしてそのような状態を診断カテゴリーに当てはめると、「双極性障害」「うつ病」「気分変調症」「全般性不安障害」「強迫性障害」「パニック障害」「適応障害」「摂食障害」「パーソナリティ障害」「自閉スペクトラム症(ASD)」「注意欠如多動症(ADHD)」など、カテゴリーを横断するさまざまな診断名がつくことになります。

 

「外傷的育ち」、すなわち「逆境的小児期体験」のうち、身体的虐待や性的虐待は「複雑性PTSD」と親和性が高い一方、心理的虐待や心理的ネグレクトは「うつ状態」を呈することが多いと報告されています。(『毒親育ちと愛着と複雑性PTSD』参照)

 

「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」など「外傷的育ち」に伴う「うつ状態」は慢性に経過し、「気分変調症」とみなされて、トラウマ関連障害には投与注意とされている抗うつ薬が漫然と投与されていることも少なくありません。(『否定的自己概念と解離〜気分変調症との違い』参照)

 

「外傷的育ち」に伴う「慢性のうつ状態」と「気分変調症」との違いは、「発達性トラウマ障害」や「複雑性PTSD」のうつ状態では恐怖症を伴うことが多いこと、解離症状があること、などが鑑別になるようです。

 

しかし、「外傷的育ち」に伴う「慢性のうつ状態」と「気分変調症」の明確な鑑別は、身体的・心理的虐待、性的虐待、身体的・心理的ネグレクト、機能不全家庭での生育、養育者の頻繁な変更など、逆境的小児期体験からトラウマ関連症状を見出せるかどうかであり、症状からの鑑別は困難なようです。

 

「性格スペクトラム障害」と「不安型気分変調症」

気分変調症と自閉スペクトラム特性』で紹介したように、アキスカルらは気分変調症のうち抗うつ薬に反応しない「性格スペクトラム障害」を提唱し、のちにニクレスクと連名で「不安型気分変調症」の概念を提唱しました。

そして「性格スペクトラム障害」を次のように定義しています。

 

この亜型に属する患者は、若年発症の気分変調症患者の3分の2を占めたが、これらの患者は、われわれの系統的な臨床検査に対して明確な反応を示さなかった。

(中略)

重複する症候的なうつ病挿話は、たとえ現れたとしてもメランコリー病像を欠いていた。

他に特徴的なことは、複数の薬物やアルコールの乱用が見られたこと、家族内にアルコール症が高頻度に見られたこと、(すなわち、感情病以外に、両親にアルコール症や人格障害が見られる)ことであった。

(中略)

また、この生涯にわたる障害は、幼少期の不安定な家庭環境の中で発症する、演技性反社会性人格の変異型として現れた気分変調状態と特徴づけるのが最適であることが示唆された。

この障害は、Winokur(註:ウィノクール)のいう「うつ病スペクトラム障害(depressive spectrum disorder)」、すなわち激しい生活歴をもち成人期にアルコール症や社会病質にいたり、その結果生じた重複する抑うつ状態を有する早期発症の障害とかなり重複している。

われわれがこれらの特徴に対して「性格スペクトラム(character spectrum)」という名称を選んだ理由は、この障害が気分障害の外的診断基準を満たしていないこと、生涯にわたって人格障害が際立っていることに由来する。

S・W・バートン, H・S・アキスカル. 気分変調症―軽症慢性うつ病の新しい概念. 金剛出版

 

アキスカルらは、「性格スペクトラム障害」の背景に幼少期の悲惨な体験を見出しています。

上記の文章を読むと、幼児期の「愛着形成の障害」から、学童期には多動性と破壊行動の表面化(反抗挑戦性障害)、そして思春期の「行為障害」などの非行から、成人期の「反社会性パーソナリティ障害」にいたる、外在化障害としての「DBDマーチ(反社会性の進行)」に至る表現型の変化がうかがわれます。(『愛着トラウマの2つの影響〜2.愛着の障害とADHDの衝動調節の問題』)

 

ニクレスクとともに提唱した「不安型気分変調症」では、以下の特徴が挙げられています。

 

不安型気分変調症は、不安定さや自己評価の低さを認め、CRH分泌の亢進(註:副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン、慢性的なストレス状態で分泌が亢進する)や、青斑核ノルアドレナリン系の亢進を認める。

解剖学的には扁桃体の肥大と過活動(註:慢性ストレスの持続による)を認める。過去のトラウマと関連していることもある。

衝動的で、対人関係で相手に嫌われたのではないかとひどく気にする。依存症の傾向も強く、薬物依存や過食などを認めることもある。

中には双極Ⅱ型の経過を認めるものもある。

三木. 神経症性抑うつないし気分変調症. 精神科治療学 27(増刊号): 101-108. 2012

 

「性格スペクトラム障害」と「不安型気分変調症」の経過は、乳幼児期の愛着形成の障害から、学童期には注意欠如多動症(ADHD)様の多動・衝動が顕著となり、思春期には解離症状が明確になってくる「発達性トラウマ障害(一部の「複雑性PTSD」)の経過と似ているようです。

 

「不安型気分変調症」と「発達性トラウマ障害」

これまで何度も書いたことがありますが、「発達性トラウマ障害」の特徴は、①注意欠如多動症(ADHD)に似た注意と行動の調節障害、②感情および身体調節の障害、③自己及び対人関係における調節障害、④トラウマ関連症状(再体験・回避・過覚醒のPTSD三徴のうち最低1つ)です。(『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの臨床』参照)

 

成人期に見られるようになるアルコール症や薬物依存、あるいは、過食は、自己慰撫の手段(自己調節障害)として逆境的小児期体験をもつ「人を信じられない病」の特徴と考えることができます。

 

気分変調症と自閉スペクトラム特性』の冒頭で書いた本の帯の記述は、広義の慢性うつ病の10〜15%を占めるに過ぎないAS特性を背景とした「無力型気分変調症」の説明であって、「気分変調症」の大部分(2/3)を占める「不安型気分変調症」の説明ではなかった、ということです。

 

「自閉スペクトラム(AS特性)」をもつ人の特徴として、アダルトチルドレン、愛着障害、発達性トラウマ障害、HSPなど、「生きづらさ」に名前をつけたい傾向があるため、本の帯の記述は、「気分変調症かもしれない」という生きづらさへの代名詞として、ニーズにピッタリとマッチしたものだったのかもしれませんね。

 

院長

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